経済萬華鏡
安西 正鷹
第一話 貯蓄性向の低下現象に見る経済的諸問題
2.家計貯蓄率低下に潜むカラクリ
日本の貯蓄性向の低下現象は、具体的には家計貯蓄率の低下となって現れている。貯蓄率の低下といえば、貯蓄主体や金額が一律に同じ低下率で貯蓄が減少したものと思いがちだが、そうではない。ここには統計上のマジックがはたらいている。
折からの不況、特にリーマン・ショック以降の厳しい経済情勢を受けて中産層が減少する一方、低所得者層と貧困層、富裕層が増大している。つまり、所得の二極化が鮮明になりつつある。
世界的に見ると、富裕層が最も多いのは米国の522万世帯であり、これに次ぐのが153万世帯のわが国である。ちなみに支那は85万世帯、英国は57万世帯、ドイツが40万世帯となっている。日本の富裕層の世帯数は前年比6%増。全世帯に占める富裕層の割合は3.2%であり、全資産の24%を保有しているという。
わが国では家計全体の貯蓄額のパイが小さくなっても、このパイに占める富裕層の貯蓄額の割合はむしろ増えているのだ。なお、世界の家計が保有する金融資産は、2010年末に前年比8.0%増加して121.8兆ドルにも達する。この金融資産には預金や株式、債券などは含まれるが、土地は含まれていない。
さらに、大半の家計が苦しくなり貯蓄をする余裕がなくなる半面、民間企業の貯蓄が増加しており、勤労者の貯蓄が企業の貯蓄にシフトしている現象が起きている。
日銀の資金循環統計によると、金融部門を除く民間企業の現金・預金の残高は2011年3月末で211兆円となり、統計開始の1980年以来過去最高を記録したという。
もっとも、民間企業が手元流動性を厚くするために現預金を増やしている側面もあり、貯蓄増加のすべてが民間企業からのシフトというわけではない。だが、リストラによる人件費削減や内部留保の積み上げ、一部の大企業や優良企業に有利な税制などによる要因も少なからず作用していると思われる。
また、2010年末のわが国の対外純資産残高、つまり国内の民間企業や個人、政府が海外に保有する資産から、海外から国内への投資(負債)を控除した残高は、対前年末比▲5.5%減の251兆4,950億円となったものの、世界一の債権国の地位を20年連続で維持した。
世界一の金持ち国といわれて久しいが、実生活の中で豊かさを実感することはほとんどない。所得は多くても物価は高く支出は多い。住環境や食生活、社会インフラに至るまで、お世辞にも世界一の債権国の名に相応しい暮らしぶりとは言い難い。
確かに日本は対外的に多額の資産を有している。だが、それはあくまでも帳簿上に記されたお金の数字が大きいということに過ぎない。お金はモノを購入したりサービスを享受するために支払って初めて、その豊かさを実感できる。数字という記号に変換されたままでは、将来的にモノを購入したりサービスを享受することができるという状態を維持しているに過ぎない。
日本の資産は、外国の債券や株式の購入、ODA(政府開発援助)を通じて外国人の生活水準向上のために使われている。実際にそのお金を帳簿上の記号から実物に換えて使用し、欲しい物やサービスの購入に充てているのは外国人なのである。
われわれ日本人は、やがては自分の好きなときに実物のお金に換えて利用できるものと安心しているが、それは絶対的に保証されているわけではない。
帳簿上の記号に変換したお金を再び実物の形に戻す請求権を持っていることが、いついかなる場合でも100%実現できることを意味しているのではない。権利は行使したときに自分の目で確かめたり実感する形で実現する。ところが、それを確実なものと思い込んで安住しているうちに、デフォルト(債務不履行)やインフレ高進の形で権利が消えてしまうリスクがあることには思い至らない。ここに大きな落とし穴がある。
家計所得額そのものの減少、家計と民間企業双方における経済格差と二極化の拡大は、小泉政権が誕生した約十年前から急速に進行してきた。また、日本全体では債権超過でカネ余りでも、その債権という帳簿上の権利をモノやサービスといった実体のある形に変えて行使するのはわれわれ日本人ではなく、最終的には外国人というのが実態だ。
彼らは債務者としてわれわれに対して債務履行の義務を負っているが、その約束を必ず果たすという保証はどこにもない。たかが紙切れ一枚の約束など反故にしてしまえ、という邪な考えを持っているかもしれない。
国民生活の改善と向上を願って国政を託す国民の期待は常に裏切られてきた。これは歴代政権が無能だからというだけではない。政治家や官僚、財界人やマスコミ人士らが自らを特権階級と位置づけ、その下層に位置する国民全般の幸福や安寧などは彼らの眼中にない。
また、彼らは日本の「真の支配者」である米国をはじめとする外国勢力によってその存在価値と地位を保全されているため、外国勢力の利益を実現して歓心を買うためにはどうしても、これと相反する国民の利益を犠牲にしなければならない。
彼ら特権階級の本音はそういうものだ。
われわれ国民は政治家の空虚な公約やマニフェスト、官僚の言葉巧みな方便、無責任で事実を歪曲するマスコミの偏向報道に騙されて続けてきた。もういい加減、この辺で目を覚まして、自らの人生を他人に委ねる依存心を捨て、自分の人生は自分で歩むという自立意識を一人一人が持たなければならない。
さもなければ、自分の生活がますます惨めになっていきながらも、「お上」による見せかけの数字や言葉巧みな詭弁を信じ込んで、不満や疑問を紛らせて騙され続ける悪循環をこれからも繰り返していくに違いない。(つづく)